1. "とりあえず、末端の人間としては「社会のため」という気分だけのキーワードに負けては行けないと思う。それこそ何の数字も指標も示されておらず、それは現状では「気分はパッションフルーツ」(たとえがバブルっぽくてごめんなさい)レベルの比喩でしかないのだから。"
     

  2. "

    違う考えの人たちと話し合うのは簡単なことではない。人文系の置かれてきた状況については、たとえば、育児を工場生産の基準で評価しようとする人たちに、養育者達が必死になって抗弁するような場面を想像するといいかもしれない。それは、将来学費を1000万くらい使い潰すリスクのある子どもを1時間公園に連れて行く間に、となりの工場では製品が100個作れてプラスの売り上げが○○円になるから、その子を頑張って育てるより工場に投資したら?的なことを言われているような気分だ。

    (なお、私は工場労働そのものは見学レベルの経験しかなく、育児に関しては年の離れた弟の世話と院生時代のベビーシッターくらいなので、ある意味双方とも平等に経験がないことは断っていく。)

    わかってもらうためにはとにかく、子どもと一緒に過ごしてもらうようなことをやらねばならないだろう。それも忙しい人が相手だと自明ではないわけだが…。
    ここ数年、色々数字にすることも考えてみたが、それこそ育児の魅力を数字で伝えるような苦しさを感じる。


    私たちの仕事は、属人的で、一人の頭脳がどこまで産めるかを試すようなところがあるから、分業がなかなかできない。論文の本数が飛躍的に増えることはない。
    そもそも論文より本が大事であることも多く、一つの本の魅力は人間の魅力にも似た所があるので、定量的な基準で計りづらい。100年くらい効力を持つものも少なくない。

    "
     
  3. resphonia:

    Sea bride By いつ

    (via holespoles)

     

  4. "

    (1)今、あなたの目の前に、あなたが「理解」できない人がいるとします。例えば、「あいつは内向きでケシカラン!」。そのときに、その人の「個人的資質の問題」を批判するのは、誰でもできることです。もちろん、それが問題かもしれません。

    (2)しかし、そんなときほど、その前にひとつ「思考実験」をしてみると、「新たな視点」が得られることもあります。今、あなたの「目の前」で、「あなたが理解できない誰か」がなしている行動は、すべて「その人にとっての合理的選択なのだ」と考えることです。

    (3)「この行動が合理的選択だとするならば、彼にそういう行動を選択させているもの、環境、状況は何か」と問うことです。つまり、理解できないある行動が「個人の資質」の結果生じていると考えず、何らかの社会的・物理的要因によってもたらされていると考えることです。

    (4) そうすると、一見「個人の資質」だと断罪していたものが、違って見えることがあります。その人の置かれている環境、状況、境遇・・・そのようなものによって、その人が、現在の行動を「合理的」に選択している理由がわかってくる「かも」しれません。もちろん、すべてではありません。

    5)そうすると、本来、変えなければならないものが「何か」わかってくるかもしれません。これは僕の経験上の話ですが、「他者の行動がわからない」ときほど、「他者は合理的な選択の結果、そういう行動をとっていること」が多いような気がします。

    (6)余談ですが、僕は、あまり「強い個」というものを信じていないのです。これは僕の教育・研究すべてに通底するトーンかもしれません。「個の振る舞い」とはソーシャルで、シチュエーショナルで、環境依存であることが多い、というのが僕の信念です。

    "
     
  5.  

  6. "803 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2012/10/03(水) 20:09:55.83 ID:UEbeS4XK

    母親へのプレゼントを選んでるっぽい女の子と父親。

    娘「どっちがいいかな?」
    父「こっち」
    娘「こっち?」
    父「うん」
    娘「じゃあ決まり!」と商品を持ってレジへ向かった。
    父「おいおいそっちじゃなくてこっちって言ったろ」
    娘「うん、だからこっち」
    父「違うだろ、逆だろ。違うほう選ぶならなんで聞いたんだ?」
    娘「だってお父さんいっつもお母さんの好きじゃないほう選ぶから」
    レジへ到着。娘「これお願いします。お父さんお金」
    父「……ああ…」

    父が可哀想すぎたが笑えたw "
     
  7.  
  8.  
  9. nock-nock-nock:

    樫野 有香 / Perfume

    (Source: livedoor.blogimg.jp, via u1u11)

     
  10. (via u1u11)

     
  11. (via plectro)

     
  12.  
  13. hideback:

    Cicada, Stages of Conventionalization

    Hugo Froelich, Keramic Studio Magazine, 1905

    (via u1u11)

     

  14. "原始の遊びは「目的外使用」なんだ。
    そりゃ、原始時代にトイザらスはないからね。
    小さい子どもは木の枝でもタッパウェアの蓋でもおもちゃにする。
    遊びのために生まれたわけではない物でも充分遊べるわけだ。
    古い記憶をほじくれば、誰も覚えがあるでしょ?

    その次が「目的通りの使用」、すなわち玩具として作られた物で遊ぶって事だ。
    それらは大概は商品として経済活動の場で産まれる。
    商品にはターゲットがかならず設定されているから、
    「小学生男児向けカードゲームで小学生男児が遊ぶ」
    みたいな感じだね。
    成長の過程で誰もが通っているでしょ。

    で、さらに上。
    究極の遊びは「目的外使用」に戻るんだ。
    当然、誰でも戻れるわけじゃない。
    誰かに自分向けの面白みを用意してもらうだけじゃ足りず、自分で面白みを探し出す事が出来る人じゃないとそこへは到達出来ない。
    「キミが遊ぶための道具」を与えてもらえないと遊べない人は結構たくさんいる。
    これは「テーブルクロスがないと飢え死にしちゃう」ってくらい馬鹿げた話。



    オタクの定義は数多くあるだろうけど、そこに「目的外使用を楽しめる人」ってくわえて良いと思う。

    オタクは遊ぶのが上手い。
    オタクは面白みを探すのが上手い。
    オタクは喜びを見出すのが上手い。
    世知辛い世の中で、このスキルは素晴らしいと思う。
    オタク人口が増えたように言われるが、実際は絶滅危惧種なんだと思う。
    テーブルクロスがないと飢え死にしちゃう家畜に生息域を蝕まれている。"
    — 

    ほるまりんの社長ブログ | メダロットDS (via discord09)

    FPSで壁にc4で絵を書く連中か…

    (via datteowww)

    (via itacccchi)

     

  15. "

    茶の湯の世界では、「おもてなし」には、下記の3つの原則があるという。

    1.準備を整えて客を待つ(仕度の原則)
    2.くつろげる空間を演出する(しつらえの原則)
    3.ゲームのルールを共有する(仕掛けの原則)

     おもてなしは、まずは主人が取り仕切ることからはじまる。主人は、準備を行い、空間を演出し、客をまつ。あらかじめ前もって行う準備のことを「用意」という。

     しかし、おもてなしの本質は「主人」だけにあるのではない。上記3のルールを共有した「客」と「主客一体」になって、相互行為として達成される、というところが最大のポイントである。これを「卒意」という。

     おもてなしには、「用意」と「卒意」が必要である。つまりは、主人と客が、アドホックに機転を利かして場を構成する。

     おもてなしが成功するかどうかは、主人だけにかかっているのではない。主人と客のインタラクションの中に、おもてなしがある。

     「主人と客がともに一回かぎりの機会を思いやりをもって取り組もう」という「一期一会」、それにより「主人と客が心が通い合う状態」が生まれる「一座建立」は、こうしたインタラクションによって達成される。

      ▼

     これは、おそらく、演芸や茶の湯といった世界だけに言えることではない。
     フォーラム、セミナー、ワークショップというものでも同じだろう。きちんと主催者側が準備をしても、「お客さんが卒意をきかせてくれない場合」には、「よい場」にはならない。

     もちろん、そもそも「用意」ができていない準備不足のイベントは多々ある。そういうものは論外にしても、いくら準備をしても、その場の成功は、主人だけで決定されるわけではない。

     イベントを経験して、「あんまり面白くなかった」と感想を述べるのは簡単だ。

     しかし、その場の構成のため、
         あなたは「何」をしたのだ?

     そういうことを考えてみる必要があると思う。

    "
    — 

    NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 噺家さんとお客さん (via clione)

    社会のいろいろなところであてはまる話。

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